京都旅行~京都御所 蛤御門~

本当は二条城に寄った後、京都御所へ向かう予定だったのだが、4時に閉門という二条城。
間に合わないので、諦めてそのまま京都御所へ。

実は坊と私は以前から「蛤御門を見に、京都に行こう。」と話していたので、
ここは今回の最大の目玉だったのだ。

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坊の支持する長州派と、会津佐幕派&薩摩がぶつかった禁門の変。

ていうかそれまで知らなかったけど坊から魂熱く、繰り返し語られて私まで覚えてしまったのだ。
ここで敗れて自害したのは長州藩、久坂玄端・寺島中三郎。
久坂玄端が松下村塾でいかに吉田松陰から目をかけられたエリートであったか。

「吉田松陰の妹は玄端に嫁いでることは知っているね?」
て日本の常識みたいな口調で言われても知らんよ!

「久坂玄端!(搾り出す口調)。彼と高杉晋作という逸材が生き延びていたら、日本はどうなっていただろう・・・!まあ桂小五郎なんてえのは、要領よくただ逃げ回った奴だから
オイラは嫌いだけどね、長州ってのはすごいよ、なんたらかんたら(止まらない)。」

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自分だって逃げ足早いくせによう言うわ。笑

私はその頃、「”門の梁には弾痕が見られます”。とあるけれど、梁って家だと柱と柱の橋渡し的な
部分を言うのだと思っていたのだが、この場合はどこを差すんだろう?」と考えていた。

扉のところどころに、穴がぽつぽつとあるのだけれど、これかしら。だったら梁とは書かないよねえ、などと。

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どうやらこの扉の穴で間違いないようだ。

この蛤御門、見つけるの苦労しました・・・・。永遠と続く御所の外壁を進めど進めど、それらしき門がない。
(それだけ京都御苑が広大だったということ。)

通りかかった男性に聞くと、「は?蛤?はまぐりごもん?・・・寺とか知らんし、分からん~」。

近くに住んでいれば、そんなものなのかもしれない。笑。

だけど実際に弾痕などを見るとリアルで、単なる歴史の一こまであった出来事がぐっと身近に感じられるものですね。
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by morningsun71 | 2012-09-24 22:18 | 旅行


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